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松本歯科医院の人吉の偉人たち:一井正典紹介ページ

「人吉の偉人に学ぶ会」が発足

平成30年5月、人吉球磨の有志による「人吉の偉人に学ぶ会」が発足。
この地の偉人を紹介する「知っとんね?こぎゃん人、あぎゃん人」のパンフレットを作成。
このパンフでは、稲留三郎、一井正典、犬童球渓、高木惣吉、小山勝清、日野熊蔵、那須良輔、 吉岡文六、上村占魚、川上哲治の10名を紹介。他にも渋谷禮、高田素次、前原勘次郎他、 乙益重隆、北御門二郎、平川冬嶺、相良頼綱、西道庵、西勇雄らが挙げられる。

この会の発足を記念する第1回「人吉の偉人に学ぶ会」講演会とシンポジュームが平成31年1月26日、肥後銀行人吉支店三階ホールにて開催されました。

「人吉の偉人に学ぶ会」のキャッチフレーズ

人吉は「人吉」の町のその名の通り、この町の人の良(よ)さが、中央そしてこの地の吉(よ)き文化を創りました。その“お人よし”の文化をしっかりと、伝え、形にしていきたいと思います。

※ひとよし文化の定義:(キャッチフレーズを含め、松本の個人的な観点です)
「その”お人よし“文化とは、この地域の、その人々が培ってきたもの。
それを支え、次に伝え、共有すべき地域特有のものです。それは“人”、そのものです。
 この会は、その“人”を、どう物語るか、どう伝えるか、
どう形にするか、そのためのものです。

吉(よ)い人の文化=優れた文化=お人よし文化

一井正典
明治18年に渡米し、日本の近代歯科医学の礎を築いた一井正典。同郷である松本院長は郷土の伝記作家・渋谷敦氏と共に、広く国内外や後進たちへ一井正典の歩みを紹介発信する活動を行っています。昨年の6月と9月には人吉市内とフィラデルフィラデルフィアで一井正典の生誕150周年の各種祝典が開催されました。

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生い立ち

一井正典先生は、1862年(文久2)6月8日、肥後相良藩之馬場53番屋敷(現在の熊本県人吉市寺町6番地付近)生まれ。妹アイ。父の五郎は相良藩の郡奉行。6歳のときに明治維新を迎え、14歳の最年少で明治10年の西南ノ役に参戦、西郷に従うも官軍に降りる。人吉に雌伏後22歳で上京。
さらに向学の志篤く、牧師美山貫一の世話で1885年(明治18)に渡米する。

 

アメリカ時代

サンフランシスコで偶然にも高山紀斎(現東京歯科大学の創設者)と片山敦彦(京橋開業)を育てたドクターヴァンデンボルグの知遇を得て、27歳で歯科医学の道に進んだ。人吉の江嶋五藤太らの支援の元、刻苦勉励の末、1891年(明治24)春、フィラデルフィア・デンタルカレッジを首席で卒業、同地で歯科医院開業、アメリカ本土での日本人最初の開業医及び米国歯科協会会員となる。この間、岩崎久弥、福沢桃介、林民雄、吉岡弥生ら多くの在米邦人との交流あり。
翌年にはオレゴン州ポートランド歯科医師会より招かれ、「加工術及び金冠継続術」の教授として西海岸へ居を移し、同地に2年間開業、米国内の地域医療にも貢献した。

 

日本での功績

1894年(明治27)9月、32歳で帰国。同28年3月東京の神田南神保町に開業、同時に高山歯科医学院(東京歯科大学の前身)で器械学(補綴学)、矯正学の講師をつとめ、明治29年1月には東京の瑞穂屋で、日本で最初の笑気麻酔の実験を行った。さらに電気応用無痛法の開発・応用、局所麻酔薬の開発など麻酔学の発展に寄与。また、臨床歯科の分野で最新のポーセレン医術・金冠術・医療器械、医療管理等の開発導入及び指導を行った。


その後、文部省医術開業試験委員、宮内省侍医療御用掛を勤め、明治、大正、昭和の三天皇及び皇族方の診療に従事。昭和2年従五位に叙せられた。
国内での知己交友関係者も多岐にわたり、東京都歯科医師会、日本歯科医師会、日本歯科医学会の創設にも寄与した。


一井は歯科界の先覚者のみならず、相良頼紹、細川護立らと共に後進の教育にも熱心で、東京肥後県人会を支援するなど多くの熊本県出身者の交流育成に努めた。
後年は荻窪に六千坪の別荘を有し、果樹園芸に秀でて葡萄、蘭、カトレア等の品種を育成し天皇家へも献上。また狩猟にも親しみ狩猟犬のシェパード、セッターの輸入など農業殖産への改良、貢献を行った。
1929年(昭和4)66歳でし逝去。墓は東京駒込の染井墓地と人吉市永国寺にある。

 

その後

長男の正次は東京歯科大学を卒業後、ペンシルベニア大学歯学部を1924年に卒業、S.S.White社にて研究員を務め関東大震災を機に帰国、父と共に診療に従事。次男の二郎は東大卒後、海軍に仕官、後に東京理科大の教授を務めた。
1997年(平成9)11月8日人吉歯科医師会により、一井の功績を称える顕彰記念碑が人吉市永国寺に建立された。また2001年(平成13)11月、熊本県近代文化功労者(学術)として熊本県より顕彰、さらに人吉市制60周年(2002年2月)には人吉市より「郷土の偉人」として紹介された。

 

一井正典 年譜

1862(文久2)出生 6月8日肥後人吉城下寺之馬場53番屋敷に父五郎・母登奈の長男として生まれる
1877(明治10)14歳 3月西南ノ役に従軍し官軍に降る
1884(明治17)22歳 江嶋五藤太の助力で上京、警視庁等に奉職
1885(明治18)23歳 4月美山貫一の支援で横浜より渡米 7月アメリカ
サンフランシスコのドクターヴァンデンボルグに雇われる
1889(明治22)27歳 3月フィラデルフィア・デンタルカレッジ 編入学 画像
1891(明治24)29歳 2月歯科大学卒業、フィラデルフィアに歯科医院開業、米国歯科協会会員となる
1892(明治25)30歳 10月オレゴン州ポートランド歯科医師会に教授として招かれ現地にて開業
1894(明治27)32歳 9月帰朝 日本歯科医籍登録第250号
1895(明治28)33歳 1月帰朝演説会開催 3月神田南神保町に開業
4月高山歯科医学院講師となり器械学(補綴学)担当
1896(明治29)34歳 1月瑞穂屋で笑気麻酔の非公開実験 金冠歯製作法発表 2月「歯質と体育との関係」発表
3月亀山テイと結婚 9月「歯冠継続術の一実験」発表 11月歯科医学会常議員
1897(明治30)35歳 8月器械購入と電気応用歯科無痛治療法研究のため再渡米 11月日本歯科医会常議員
1900(明治33)38歳 3月文部省医術開業試験委員となる 6月神田駿河台南甲賀町に医院移転
9月長男正次生まる 12月野口英世フィラデルフィア渡米
1901(明治34)39歳 1月日本歯科医学会調査委員
1902(明治35)40歳 1月日本歯科医学会評議委員
1903(明治36)41歳 4月「陶器充鎮について」発表 10月麹町区飯田町に医院新築移転
1907(明治40)45歳 10月宮内省侍医局勤務 画像
1908(明治41)46歳 1月宮内省侍医療御用掛を拝命
1916(大正5)54歳 局所麻酔薬オブタンデント製法
1924(大正13)62歳 長男正次ペンシルベニア大学歯学部卒業
1927(昭和2)65歳 3月宮内省侍医療御用掛辞任 従五位を受ける
1929(昭和4)66歳 6月5日没 駒込染井墓地に葬る
1996(平成8) 11月一井正典伝「青雲遥かなり」(渋谷敦著)出版 画像
1997(平成9) 11月一井顕彰記念碑(人吉市永国寺内)建立
2001(平成13) 11月熊本県近代文化功労者として顕彰さる
2002(平成14) 2月人吉市制60周年「郷土の偉人展」にて紹介
2004(平成16) 10月第57回九州歯科医学大会(熊本)及第20回日本歯科医学会総会(横浜)にて
「米国開業日本人第一号・ドクトル一井正典」ポスターセッション展示紹介
2008(平成20) 11月第21回日本歯科医学会横浜にて「歯科黎明期における中村正修と一井正典」展示紹介
2012(平成24) 6月8日
一井正典生誕150周年を迎える。地元人吉市や熊本市、大阪市及び米国(9月サンノゼ市、9月フィラデルフィア市)にて各種の生誕記念行事開催。150周年記念誌「維新の若きサムライ、一井正典とその時代」の刊行(熊本県歯科医師会)、記念講談会(宝井琴調氏)、「じゅぐりっと日米を駆けた一井正典展」(人吉城歴史館)、第65回九州歯科医学大会(10月熊本市)及び第22回日本歯科医学会総会にて「“歯科を志ざす”一井正典とその時代」(11月大阪市)の各ポスター展示が行われた。
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2013(平成25) 4月13日
テンプル大学歯学部は創立150周年記念行事で同校の卒業生で、近代歯科医学の発展に貢献した一井正典の生涯をたどるパネル展示会を開催。同大学の同窓会「ダイアモンド」誌150周年記念号に一井正典を紹介、同時に補綴シンポジュームを開催。併せて、一井正典の記念盾を制作展示
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2014(平成26)

3月
人吉市の「一井正典・青雲の志」育成事業により、人吉高校の7名がカリフォルニアに派遣された

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2015(平成27)

4月
米国フィラデルフィア日米協会は「Phila-Nipponica」改訂版に一井正典を紹介
人吉市末次教育長にどう「フィラ・ニポニカ」を贈呈(ジュグリット先生を讃える会前田会長より)

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2016(平成28)

3月 春休み

第2回「一井正典・青雲の志」育成事業、米国派遣の高校生5名がカリフォルニアのロスガトス、サンノゼ、サンフランシスコを訪問。

 

10月

第23回日本歯科医学会(福岡市)にて「平成の若きサムライたち、海を渡る」を渡辺賢治先生ととポスター発表

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2017年(平成29)

8月 第3回青雲の志事業に6名が選出される

9月 第45回日本歯科医史学会にて、「平成のサムライたち、海を渡る」を講演発表(東京ガーデンパレス)

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2018(平成30)

3月24〜30日

第3回一井正典“青雲の志”育成事業の高校生ら6名が渡米し、ロスガトス・サンノゼで現地の高校生らと交流(広報ひとよし7月号に掲載)

 

3月末

松本晉一、渡辺賢治「平成の若きサムライたち、海を渡る!」=熊本県・人吉市における第1回〜第3回“一井正典青雲の志育成事業”その内容と成果について=が日本歯科医史学会会誌第32巻3号2018年3月に掲載される

 

7月15日

人吉高校視聴覚室にて「青雲の志」事業報告会を開催

 

10月27日

一井正典青雲の志育成事業を支援している米国サンノゼから井手祐二氏(左)が來人し、松本歯科十島研修所の第11回球磨川アカデミアにて米国の近況を報告していただく。

 

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